「時代小説」と「歴史小説」の「歴史」。その2.

簡潔にまとめた「時代小説の歴史」については、下記参照。


対する「歴史小説」は、厳密な史料批判と史実、最新の研究成果にもとづき、紀伝・伝記などの形式で発表されることが多い。日本の近現代文学においては島崎藤村『夜明け前』を嚆矢とする。


明治・大正期には、小倉時代以降、歴史観と近代観を深化させた森鴎外も『興津弥五右衛門の遺書』『阿部一族』『山椒大夫』『高瀬舟』『渋江抽斎』などを結実させた。説話文学の古典に題材をとった芥川龍之介の初期作品も「純文学的歴史小説」といえるかもしれない。


歴史小説は、つねにいわゆる「史伝もの」と、講談風の荒唐無稽な歴史物語の狭間にあって、通俗的な「時代劇」ではなく、いわば「歴史劇」なり「歴史観そのもの」を描こうとする姿勢にあるといえよう。ただし、ある作品が時代小説か歴史小説かを判別するのは時に難しく、時代小説家が歴史小説の要素を強くもった作品を発表することもある。


戦後は、吉川英治私本太平記』、海音寺潮五郎天と地と』などが評判を呼び、山岡荘八徳川家康』は「家康ブーム」を呼んだ。司馬遼太郎も『坂の上の雲』『竜馬がゆく』などで息の長い活躍を見せた。いずれも、NHK大河ドラマ原作をきっかけに人気の相乗効果を得た作家・作品である。


大佛次郎も『鞍馬天狗』は別として『パリ燃ゆ』『天皇の世紀』などは歴史小説の範疇に入るだろう。松本清張の『昭和史発掘』『日本の黒い霧』や古代史もの、堀田善衛の『ゴヤ』などスペインもの、水上勉の『一休』『良寛』など歴史ものも定評がある。


また、戦記ものの吉田満、中国史に題材をとった陳舜臣、『安土往還記』や『背教者ユリアヌス』の辻邦生、『會津士魂』の早乙女貢や同じく会津びいきの綱淵謙錠、「記録小説」を開拓した吉村昭、経済・伝記小説の城山三郎などが人気を得た。


女流の永井路子杉本苑子安西篤子らも活躍。女流作家では、有吉佐和子『紀ノ川』『華岡青洲の妻』『和宮様御留』や宮尾登美子天璋院篤姫』も好評を博した。


ほか、現役の歴史小説家としては、阿川弘之塩野七生中村彰彦宮城谷昌光佐藤賢一らがいる。上にも述べたように、時代小説家か歴史小説家かの区別・区分は、人によって違うので注意。