「時代小説」と「歴史小説」の「歴史」。その1.
過去の時代・人物・出来事などを題材として書かれる点で「時代小説」と「歴史小説」は、似ている。境界もほとんど重なっていると言っていい。
だが、主に江戸時代を舞台として過去の時代背景や歴史的素材をつかって物語を展開する「時代小説」とは違って、「歴史小説」は歴史上に実在した人物や事件をあつかい、史実の核心にせまる小説と言える。
大衆に人気のある時代小説(大衆小説とほぼ同義)の出発点とされるのは、1913年(大正2)連載開始の中里介山『大菩薩峠』。昭和初期には、大衆小説といえば時代小説、という図式が定着した。
1926年(大正15)の「大衆文芸」創刊には直木三十五、長谷川伸らが参加し、「キング」「オール読物」といった雑誌が相次いで創刊された。1914年(大正3)デビューの吉川英治は『鳴門秘剣』『宮本武蔵』などを書き、大佛次郎『鞍馬天狗』は嵐寛寿郎(アラカン)主演で映画化もされ、いずれも高い人気を博した。
「捕物帳」のジャンルでは岡本綺堂『半七捕物帳』、陣出達朗『伝七捕物帳』、野村胡堂『銭形平次捕物控』などの人気が高かったが、その反面、戦時中は「股旅」ものや探偵小説の発表が禁止された。ほか子母沢寛、中山義秀、長谷川伸、山本周五郎なども読まれた。
戦後のGHQ統治下、軍国・封建主義を想起させる小説表現は制限されたが、1949年(昭和24)の村上元三『佐々木小次郎』を期に時代小説が復権し、昭和30年代に五味康祐『柳生武芸帳』、柴田錬三郎『眠狂四郎無頼控』などの「剣豪小説」ブームが訪れた。
『鬼平犯科帳』『剣客商売』『仕掛人・藤枝梅安』の池波正太郎や、『蝉しぐれ』『たそがれ清兵衛』などの藤沢周平が活躍。スターシステムを確立した東映などの時代劇映画からテレビへと移行した「時代劇」人気とともに読み継がれている。笹沢志保『木枯し紋次郎』もその一例。
このほか、山田風太郎「忍法帖」ブーム、南條範夫「残酷」ブームなども訪れ、前者の伝奇作家の系譜からは隆慶一郎らが出た。新田次郎『武田信玄』、舟橋聖一『新・忠臣蔵』、井上靖『風林火山』、池宮彰一郎なども人気を得た。
現役のおもな書き手としては、平岩弓枝、宮尾登美子、佐江衆一、佐伯泰英、堺屋太一、津本陽、童門冬二、山本一力、宮部みゆき、藤本ひとみ、酒見賢一などがいる。近年、黒岩重吾、高橋克彦、北方謙三、浅田次郎、立松和平なども定期的に新作を発表している。歴史小説については別項を立てる。